日本100名城スタンプラリー(2)高岡城&富山城めぐりの旅

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お城好きの友達と行く「日本100名城スタンプラリー」が楽しいです。

2019年4月29日、新緑の季節に高岡城と富山城へ行ってきました。

富山城址公園

富山城址公園には堀や石垣が残り、ここに富山城があったことを思い描くことができます。

明治6年(1873年)に廃城となった富山城は、その後、解体されましたが、戦災復興のシンボルとして天守閣が建設され、現在は富山市郷土博物館となっています。

富山市郷土博物館
富山城の堀と石垣だけ残っています
石垣の中に巨大な「鏡石(かがみいし)」があります。権力の象徴として見せているようです。
庭の向こう側に「富山市佐藤記念美術館」があります。中に「お城を眺められるカフェ」もありました。 今回、時間の関係で入れず、残念。
4階まで階段で上がると天守閣から街を展望できます。金網が張ってあり、眺望はいまいち。子どもが上から「お母さ-ん」と呼ぶと下でお母さんが「は-い」と手を振るのどかな風景
富山城は、「続日本100名城スタンプラリー」134番です。「続・・・」も出たので、結局100名城は200名城に増えてしまった!

さいごに

博物館の中で、中世の富山城について解説されていたところが興味深かったです。

天文12年(1543年)、神保長職(じんぼながもと)によって富山城が築かれました。その富山城をめぐり、加賀一向一揆勢や上杉謙信・武田信玄らの戦国武将たちとの攻防がありました。

その後、織田信長の家臣として佐々成政(さっさなりまさ)が入城し、天正13年(1585年)に豊臣秀吉の征討を受け、富山城は破却されてしまったのです。

近世の江戸時代に入ってからは、加賀藩の分藩という形で加賀前田家から前田利次(としつぐ)が入城したため、ついつい加賀藩の分家扱いをしてしまいがちなのですが、それ以前の中世からの歩みを見ると感慨深いものがありました。

ちなみに私の大学の時の卒論は、幕末の富山藩の八尾の打ちこわしでした。今、全然役に立っていませんが、一応かつては富山大学の図書館へ通って古文書を読んでおりました。懐かしい思い出です。

そんなこともあり、お城好きの友達との日本100名城スタンプラリーは、私にとっても楽しい旅なのでした。

高岡城の記事はこちら
高岡城&富山城めぐりの旅 日本100名城スタンプラリーが楽しい(1)高岡城編

富山市郷土博物館

富山市本丸1-62
076(432)7911
開館時間 9時~17時(入館は16時30分まで )
休館日 年末年始(12月28日~1月4日)なお、展示替えやメンテナンスによる臨時休館あり
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さわこ

さわこ

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!