能登演劇堂 無名塾 仲代達矢 役者70周年記念作品「左の腕」一度罪を犯した人間への不寛容に挑む

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昭和7年生まれの仲代達矢さんは、19歳の時に俳優座養成所に入り、それから70年ずっと役者を続けています。

2021年11月20日現在88歳、12月で89歳になられます。

施設に入っている私の母と1歳しか違わないのに、今も現役で活躍されている仲代さんは、本当に素晴らしい。

能登演劇堂は、 仲代達矢氏率いる無名塾と七尾市中島町との交流により、1995年(平成7年) 5月12日に誕生した演劇専用のホールです。
名誉館長には仲代達矢氏が就任。
舞台奥の大扉が開くと、そこには能登の雄大な自然が広がっており、舞台と一体となる世界的にも珍しい舞台機構が特徴となっています。
年間を通して毎年秋の無名塾公演を始め、多彩な公演を上演しています。

能登演劇堂ホームページより

能登演劇堂

石川県七尾市中島町中島上9

正直言うと、もう年齢も年齢だから、今、観ておかなければ・・と思って観に行ったのでした。

もしかしたら、座って演じるのだろうか、なんて。

でも、見た瞬間、それは大変失礼なことだったと思いました。

とにかく立ち姿がシャンとしているし、声が力強い。

舞台に立つということは、体も心も鍛え上げられているのだと頭が下がります。

仲代さんが役者70周年記念の作品として訴えたかったことを受け取り、伝えたいと思います。

左の腕 あらすじ

仲代さん演じる老齢の飴細工売り 卯助と娘のおあきが、貧しく暮らしていました。

料理屋の板前・銀次が二人の窮状を見かねて、父子共々、料理屋で働けるように女将に頼んでくれました。

明るく気立の良いおあきは、皆に可愛がられ、卯助も裏方の雑用を黙々と働き、しばし穏やかに暮らせていた矢先。

料理屋に出入りしている目明し(江戸時代に諸役人の手先になって,私的に犯罪の探査,犯罪者の逮捕を助けたもの)の麻吉が、 包帯で隠された卯助の左の腕の入れ墨に気づくのでした。

卯助は、過去に犯罪を犯した「無宿人」だったのです。

「無宿人」とは

「無宿人」とは、罪を犯したために戸籍の「人別帳」から名前を消された人です。

そして、入れ墨という刑罰は、犯罪を犯した者がその前科の印を身体に刻まれたものです。

不寛容な時代

主人公 卯助は、罪を犯した人間ではありますが、おあきの母である女性と出会い、心を入れ替え、真面目に働くようになりました。

しかし、左の腕に彫られた入れ墨は、一生消えないもので、人に見つからないように隠して暮らさなくてはなりません。

仲代さんは、この作品を通して、一度犯罪を犯した者は、消えない入れ墨のように、生涯傷を背負って生きていかなければならないものなのか、と疑問を呈します。

この江戸時代のような「不寛容」が、今もはびこっているのではないかと。

そして、世の中の人々が「自由」の名のもとに攻撃する「不寛容」な言動が、過去において、戦争への道を開いてきた事実を忘れてはいけないと。

さいごに

分刻み、秒刻みの日常の中で、われわれ人間は日々何か大切なものを失っているのではないだろうか、と仲代さんは問いかけます。

無駄なもの・余分なものを排除して「効率」だけを尺度にして「自由競争」と「市場原理」を第一に考えてきた結果が、「異常気象」と「コロナ禍」に襲われている現代なのだと。

現在の日本は、この劇の背景である江戸時代と同じくらい、過ちを犯した者へに対して「不寛容」であることに問題提起してくれています。

昭和1ケタ生まれの仲代さんの訴えを私たちは深く受け止めなければいけないのではないでしょうか。

第二次世界大戦後の75年間、何とか日本の平和は保たれてきたが、私のような戦争体験者にとっては、棺に入るまで触れておきたい課題である。

私たちが「当たり前のこと」と思ってしまっている『平和』や『自由』は、「しっかり守っていかなければならないもの」なのだということを。

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この記事を書いた人

さわこ

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!