もっと身軽になりたい

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もっと身軽になりたい、これはずっと私が思い続けていること。

自由に好きなように、旅をするように暮らしていきたい。

多分、亡き父もそんな思いだったのでは、と最近よく思います。

先祖代々の土地があるおかげで、今、何不自由なく生活できています。

だから、そのことには感謝するけど、その代わり、犠牲にしてきたものも大きかったと思う。

姉がお嫁に行って、いきなり「お前が跡取り」と言われた高1の時、それがどんな影響を与えるか、その頃はまだよくわかっていませんでした。

ただ何となく、結婚したい相手がいるのに、長男だからという理由で反対されるのは理不尽と思って、姉に「結婚すれば」と呟いたのが、私の運命の転換点。

それから、「女は大学なんか行かなくてもいい。結婚が遅くなる。」と訳がわからないことを私に言う祖母は「私は女学校へ行きたかったのに親に受験料を出してもらえなかったから、試験も受けられなかった。」と言い続けていた矛盾。

家というものを絶やしてはいけないという呪縛に苦しめられていた人が多かった。

余談だけど、私の同級生で子どもができなかったという理由で離縁されたというとんでもない話まである。

そこまでして守ろうといてきた家制度が改正され、個人が認められるようになってきて、まだ歴史が浅い。

古い価値観のままいる年代の人もたくさん残っている。

そして、世界に通用する新しい価値観で生きる若者たちとの間に大きなギャップが生まれている。

だから、今、空き家が増えているのかなと思える。

親世代が手放せなかった家。

家屋そのものが、かつては代々引き継がれてきたものだから、誰も手放す経験をしていないのだ。

次の代に送る。を繰り返してきた。

だけど、今は、家屋そのものも1代限りが多い。

上手に売ったり、人に譲ったりして、自分の代を終えないといけないのに、始末ができない人が多い。

私のおばさんも、心配していた通り、おじさんの家を空き家状態にして施設に入っている。

まだおじさんの遺品が残っているんじゃないかな。

私が捨てるお手伝いをしてあげると言ったけど、まだ捨てないと言ってそのままにして、結局、そのまま。

誰が処分するの?と尋ねたとき、まだ認知症になっていなかったおばさんは、「誰か片づけるだろう」と言っていた。

???

父のモノ、母のモノを一生懸命片づけてきた私には理解できない言葉。

ミリオンバンブー・アスパラ・ひまわり・ミニバラ・ドラセナ

人は皆、何も持たずに生まれてきて、何も持たずに死ぬ。

この世で、自分が手にしたモノは、自分が始末していくのが原則だろう。

異動の時だって、デスクに私物を残したままの人は迷惑。

そんな当たり前の片づけを家ではできない人が多い。

父は自分が買った大量のモノを残したまま、いきなり倒れてそのままだったし、母は母なりに結構処分してくれたけど、あとは私に任せると言っている。

そして、私は、自分が元気な間は築56年の古くて無駄に広い家を好き放題リフォームして快適に過ごしていくけど、75歳になったらここを処分する予定。

その段階で、やっと身軽になれる気がする。

とにかく、母が生きている間は、父と母の家=実家を守る。

母が帰ってくる場所を残しておく。

家のために犠牲になった、と考えていた時は、常に被害者意識があったけど、いつまでもそんなこと言っていてもしょうがない。

私ももう62歳。

守るべき家があって、好きなところに暮らすことはできないけど、その分、父や母のように晩年は旅行を楽しみたい。

早くコロナがおさまり、世界中がまた自由に往来できるようになる日を心待ちにしています。

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この記事を書いた人

さわこ

金沢大学 日本史専攻 卒業。お城の中にあるキャンパスで加賀藩について学び、金沢をこよなく愛する。

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!