『生き直す 私は一人ではない』by高知東生 薬物依存症での逮捕 絶望からの復帰

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「薬物依存症」から回復した人の本は、とても説得力があります。

違法だから、薬物依存症が特別のこととしてとらえられているけれど、世の中に依存症の人たくさんいます。

現に私も甘いもの依存症でした。

周りの人だって、アルコールに依存気味の人やタバコをやめられない人、たくさんいますよね。

ギャンプルだって、特別な性的嗜好だって、やめられなくて人生を台無しにしてしまっている人もいます。

買い物依存症やスマホ依存症の可能性がある人なんて、ほとんどかもしれません。

みんなダメだってわかっているんだけど、やめられない。

一度はやめたけど、またストレスがかかったとき、誰かに誘われたとき、スッと戻ってしまうものです。

なぜかというと、「依存症」には深い深い原因があるからです。

そこを受け入れて、自分を認めてあげない限り、いつまで経っても「依存症」から抜け出すことはできないのです。

どうせ自分はダメな人間なんだと開き直れる人はいいですね。

「依存症」になってしまう人って、私もそうですが、真面目で(他人から見て)いい人を演じてしまう人なのです。

高知東生さんが正直に自らの生い立ちを語り始めるまでに、大きな大きな苦悩があったと思います。

でも、良い人にめぐりあい、立ち直ることができたのは、本当に素晴らしい。

「依存症」になって、失敗しても人生をやり直すことができるのだと勇気を与えてくれます。

今、自信を失っている人、みんなに勇気を与えてくれます。

ここまで自分の弱みをさらけ出せる人はいないのではないでしょうか。

「来てくれてありがとうございます」

愛人と宿泊していたラブホテルで、マトリ(厚生労働省の麻薬取締官の略称)に逮捕されたとき、高知さんはこれでクスリをやめられるとホッとして「来てくれてありがとうございます」と言いました。

のちに主治医となる国立精神神経医療研究センター 薬物依存研究部部長 松本俊彦先生によると、逮捕の瞬間にホッとしたというのは薬物依存症の人たちによくあることなのだそうです。

高知さんは、女優 高島礼子さんとの夫婦関係は良好だったというのに、愛人との薬物を使った関係にのめり込んでしまったのは、俳優業に対する劣等感や別の事業での経営トラブルなどが原因の一つであったかもしれないと振り返っています。

「愛人、薬物、ラブホテル」

妻である高島礼子さんには何の落ち度もなく、幸せな結婚生活を与えてくれたのに取り返しのつかないことをしたと自分の愚かさを責め続けたと言います。

高島礼子さんが必死の努力で築いてきた女優としてのキャリアを、自分の愚かな行為によって損なわないためにもとけじめとして離婚をしました。

高島礼子さんが記者会見で深々と頭を下げながら、「同志でもあったし、親友でもあった」と言ってくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになったと一人涙していたそうです。

多かれ少なかれ誰もが「失敗」というものをしますが、こと芸能人とあれば、世間のバッシングの強さは恐ろしいですね。

自分が同じ目にあったら、と思うと背筋がゾッとする出来事がたくさんあります。

有名人だから何を言われてもしょうがないなんて思えません。最近のオリンピック選手へのSNS批判なんて最低です。

話を戻します。

土佐の任侠の子として

依存症の回復プログラムによって、自分の人生を振り返ることになった高知さんの生い立ちは、あまりに強烈でした。

生まれた時から両親がいなくて、おばあさんに育てられていたのです。

叔父さん家族と同じ家に暮らしていて、いとこもいたのですが、気を使いながら、それでもおばあさんに愛情たっぷり育ててもらったとのこと。

両親がいなくてからかわれたり、いじめられたりすると暴れて向かっていく子どもだったけど、諦めるのが当たり前の生活で、孤独で「自分が悪い子だから」と自分を責め続けなければ生きていけなかった。

少しでも希望を持つと、打ち砕かれ、がっかりするので望みや夢を抱かないように自分を押さえつけていた。

淋しくて、羨ましくて、愛されたくて、でもその本当の気持ちを口にすることだけは絶対にするまいと、小さなプライドを胸に秘め、毎日を生き抜いていたというのです。

そして、小学校5年生になった時、時々、家に来ていたおばちゃんが本当のお母さんだと知るのでした。

その後、お母さんから紹介されたお父さんという人は四国で有名な土佐の侠客(きょうかく)だというのです。

後日、本当のお父さんは別にいることを知るわけですが、ここまででもはっきり言ってとんでもない映画のような話ですよね。

お母さんはヤクザの愛人だったのです。

高知さんはその子どもであるという運命を背負って生きることになったのでした。

さらに、高3で寮生活をしている時に母親が自殺。

あまりの展開にこんな現実、読みながらオロオロしてしまいました。

東京での成り上がり

高校を卒業し、上京して、何でもやってやろうとガムシャラに生きているとホストクラブでの皿洗いのバイトから、ホストになり、持ち前の接客力でNo.1になっていきます。

そのあたりから、すでに薬物を覚えていったのです。

その世界では、薬物が蔓延しているのですね。

でも、最初は依存はしていなかったのです。

AVプロダクションを立ち上げたあたりから、カネ・オンナ・酒・車、と薔薇色の日々を送っていくことになります。

ひたすら大金を稼いで、豪華な部屋に住み、効果な会社に乗り、高い酒を飲んで、高級な料理を食べて、好みの女性と付き合う。

もっと上に行けば、きっと満たされる。

まだ,満たされない。

おかしい、こんなもんじゃないはずだ。

この頃は、大金を使う刺激がクスリの刺激より上回っていたのかもしれないと振り返っています。

他人事ながら、わかる気がしますね。

その後、いろいろあって、経営するエステビジネスがダメになりました。

スタッフとのトラブルや使い込み発覚、VIPなお客様を根こそぎ持っていかれると、深い底無し沼に落ち込んだ状態になり、出口が見えなくなっていってしまったのです。

そんな中で苦しみから逃れようと愛人との薬物に陥っていったのです。

生き直す

主治医の松本先生は、薬物依存症の第一人者で、清原和博さんやピエール瀧さんの主治医でもあります。

松本先生によって「薬物依存症」という病気であることを知るのですが、その段階では、「僕は自分が甘かっただけで、病気じゃありませんよ」と答えていたそうです。

でも、「実際に捕まるまで辞められなかったのですから、病気ですよね」と言われ、ハッとしたのです。

自分でもマズイと思っていたし、責任ある立場で、ましてや大事な妻は有名女優。どう天秤にかけても「薬物」と引き換えにしてよいものじゃなかった。それなのにやってしまったってことは、病気だったのか!

 松本先生の次に大きな影響を与えた人が「公益社団法人・ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さん。

田中さんがグイグイと強引に、高知さんを公の場へ引っ張り出し、同じ依存症の仲間が集まった自助グループへの参加へ導いていったのです。

高知さんは、本の中でも、すごく嫌だったと書いているように、本当にツライことを田中さんは高知さんに強いていったのだと思います。

でも、それに抵抗しきれず、引っ張られていったからこそ、高知さんはみんなの前で正直に自分を語ることができるようになったのです。

さいごに 

今、高知さんは「日本にリカバリーカルチャーを広めよう」と決意しています。

自分にしかできない役割を見つけたのです。

日本では薬物問題を起こした芸能人は排除されるか一切語らないかのどちらかです。

でも、それは依存症者をいないものとし、回復しても社会には受け入れられないのだと希望を失わせてきた。

海外では復帰している人もいるのに。

依存症からの回復は辛く長い道のりで簡単ではありません。

回復の先に「絶望」しかなかったら、復帰は無理です。

高知さんが復帰して、再び活躍することができたら、どんなに多くの人に勇気を与えることでしょう。

高知さん主演のYouTube用依存症克服啓発ドラマが作られるよう、またまた強引に田中さんが映画監督に働きかけて決めてきたそうです。

2020年、パッシングや批判はもちろんあるだろうけど、それを受け入れ、俳優として復帰することにしました。

僕は、任侠の男の愛人の子供として生まれ、母は僕が17歳の時に自殺し、天涯孤独となりました。裸一貫で東京に出てきて、、たまたま芸能人になりました。そして人気女優を妻に持ちながら薬物依存症になり逮捕、そして離婚という経験もしました。

残りの人生を依存症やその他のことで傷ついている人のために役に立ちたいという高知さんを素晴らしいと思います。

一度失敗したら、コテンパンに叩きのめすという今の日本の風潮がとても嫌です。

私は、失敗しても頑張っていこうとしている人を尊敬します。

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この記事を書いた人

さわこ

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!