『新しい生活』by曽野綾子 人間は死ぬ日まで自分を生かすのが当然 楽しい猫との暮らし

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「人間は死ぬ日まで自分の使える部分を使って自分を生かすのが当然」そう言い切る曽野綾子さんの言葉がとても気持ち良いです。

若い頃は、こういう考え方に、厳しすぎてついていけないと思っていました。

でも、私自身もいろいろ経験を積んできて、考え方が変わってきたのでしょう。

特に、養護学校に勤務し、筋ジストロフィー症候群の子どもたちのお世話をするようになってから、大きく人生観が変わりました。

健康な人は、自分の代わりに障害を持って生まれてきた5%の子どもの分まで、自分ができることをして、社会に貢献していかないといけないと思うようになったのです。

それがたとえ高齢者であっても。

目が見えなくても、耳が聞こえなくても、体が不自由であっても、知的に障害があっても、それぞれが精一杯生きているように、高齢になっても、できることはたくさんあるはず。

60歳や65歳になって、定年になったら、いきなり働けなくなるというわけでもないはずです。

1945年(昭和20年)終戦の段階では、男性の平均年齢は20代、女性の平均年齢は40代だったそうです。

そんな頃なら、50代でも十分サザエさんの波平さんのようにおじいさんだけど、今は60代でもピンピンしてます!

敬虔なカトリック信者である曽野綾子さんによる、「人は皆、年をとっても甘えずに生きていくのが当たり前だ」という考え方を紹介します。

人間は死ぬ日まで自分の使える部分を使って自分を生かすのが当然

今の若い男性は違うと思うけど、かなり年配の男性の中には、奥さんがいないと何もできないという人がいます。

現在の高齢者には、「老後は趣味で遊んでいてもいい。」「もう何年も働いてきたのだから、そろそろ楽をしてもいい年齢だ。」と思っている人も多いようです。

そして、かつて会社にいた時に組織の重鎮だった人ほど、日常生活の自立が不可能な無能力老人になっています。

この「無能力老人」という曽野さんの表現、キツいけど当たってますよね。

そういう人に対して、キッパリ言ってくれます。

病院に入れば、できることも自分でしない。入院費を払った以上してもらわないのは損だ、という精神的貧しさも加わっている。日本の現場でそんな人手はどこにもないことが、一流大学での往年の秀才にも全くわからないのである。

施設で一番嫌われるのが、職員に偉そうに命令する高齢男性です。お世話してもらっても「ありがとう」も言えない人もいるとか。

人間は死ぬ日まで、使える部分を使って、自分を自分で生かすのが当然だ。

自分でできることを一生懸命やる。養護学校では、障害を持った子どもたちが時間がかかるけど、自分で洋服を着たり、食事したりするのを見守ってきました。

もちろん、できないことは支援するけど、できるだけ自分のことは自分でできるようにと。

私は、自分が75歳になったら、家を処分して老人ホームへ入ろうかと思っていたのですが、その後、冷静に考えてみたら、75歳になったからと言って、お世話してもらわなくてもいいだろうと思えてきました。

むしろ、いろいろ拘束される方がめんどくさい(笑)

できるだけ長い間、自分で自分のことをやって、時々、娘夫婦に生存確認して貰えればそれで十分、そのほうが幸せです。

うちの近所では毎日おじいさんたちが横断歩道で小学生の登下校の見守りをしています。高齢者が地域で役立つ場面、たくさんあるはずです。

健康診断で病気を探し出すことに意味がない年齢

高齢になれば、健康診断は必ずしも必要ではないという曽野さんの考え方に、私も共感しています。

これは、それぞれの考え方なので、強制するつもりはまったくないですが、曽野さんが健康診断を受けなくなった理由が説得力があるので紹介します。

曽野さんが健康診断を受けなくなったのは、「ケチ」だからです。

曽野さんが健康診断を受けないのは、「日本財団」の第2代会長だったとき、健康診断の経費が一人3万円以上かかると聞き、その費用は会社持ちであるにもかかわらず、健康なのにもったいないと思って、健康診断をすっぽかしたということから始まるようです。

そして、70歳過ぎで足を骨折した時、手術と入院で国民健康保険をかなり使ったから、今後は若い世代の生活を守るために、保険を極力使わない生活を目指しているそうですよ。

曽野さんは、年間50万円以上の健康保険料を払っているけど、使わないと損だという人とは気が合わないとはっきり言っています。

自分が健康保険を使わなくて済めばこんな幸せなことはありません。

自分の分を病弱な人に譲れれば幸いで、自分で使わなければ損だという考え方は卑しい生き方だとお母さんから教育されて育ったとのことです。

素晴らしいお母さんの教えだし、私もそんなふうに娘たちに伝えていきたいです。

さいごに

人は、どのように生きるか、決めておくことが大切と思います。

私は、死ぬまで働きたいです。

お金を稼ぐとかいう意味ではなく、自分のできることをコツコツやりながら、人生を楽しみ、家族と良い関係で過ごしていきたい。

最初は、娘たちに世話にならず、施設に入ってお世話をしてもらうなんて思っていたのですが、そうではなく、娘たちにお世話になりながらできるだけ健康に暮らしていきたいと思うようになりました。

私の医療費や介護費ができるだけかからないようにして、若い人たちの負担が大きくならないようにできたらいいなと思っています。

それでも、人生はどうなるか、わからないものだから、もしもの時は、娘たちに優しくしてもらえるように、自分も母を大切にしておこう!

それにしても、なぜこの本のタイトルが『新しい生活』なのか?

曽野さん自身も今さら「新しい生活」でもないけれど・・と書いているけど、私は、きっと旦那さん(三浦朱門さん)を看取って、一人になって、心穏やかに猫2匹との暮らしを楽しんでいる曽野さんの今の暮らしが「新しい生活」なんだと思います。

アフリカや中近東の危険なところへもずいぶん行かれてきた曽野さん。

初代会長の笹川良一さん率いる「日本財団」を動かしてきた曽野さんが、晩年、どういう生き方をされるのか、興味深いですね。

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この記事を書いた人

さわこ

金沢大学 日本史専攻 卒業。お城の中にあるキャンパスで加賀藩について学び、金沢をこよなく愛する。

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!