お墓参りはどの親戚まで行けばいい?

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母が施設に入っているのとコロナ禍だから、という二重の理由で、今まで母が行っていたお墓参りを昨年から私が代わりに行っています。

一応、母に例年お参りしているお墓を確認したら、一昨年亡くなった母の兄のお墓もお参りしてきてと頼まれました。

昨年、私は母に確認しなかったので、その叔父さんのお墓参りをしていませんでした。

母にとっては、お兄さんなので、是非ともお参りしたいのかと思って、一緒に行くかと誘ってみると「お墓まで歩いて行くのが大変」「雨が降ったら行けない」と全然乗り気ではありません。

でも、私には、ちゃんと「キリコ」とお花を持って行ってきてと言います。

金沢の風習について

ここで、ちょっと説明しておくと、金沢は新盆で7月15日がお盆なのです。(郊外は8月のお盆のところもあります。)

そして、お墓の前にキリコというものをさげます。

以前は、木と紙でできた箱のようなものの中に蝋燭を立てて灯していたのですが、廃棄する際、釘を分別しなければならず、キリコが廃止されそうになりました。

でも、キリコには、持参した人の名前を書く欄があり、誰が墓参りにきてくれたのか、わかって温かい気持ちになるとのことで、『板キリコ』という形で継続されているのです。

箱型キリコの時は、風がある日は中の蝋燭になかなか火がつかなかったり、また箱が燃えてしまう惨事も発生。

紙なので風雨に弱く、壊れやすかったのでした。

その点、板キリコはコンパクトで便利です。

キリコで誰が墓参りに来たか、わかる

説明が長くなりましたが、金沢というところは、誰がお参りに来たか、ということに結構こだわる地域性なのです。

そのため、母は、自分の兄弟のところへ自分の名前が書かれたキリコを下げてきてほしいのだと思います。

とまで書くと、ちょっと意地悪な見方になってしまいますが、別に名前を書いたものを下げて来なくてもいいのなら、私も気楽にお参りしてこれるのですが、なんだか、少しでも「形式的」な要素があるとすぐ興醒めしてしまうのでした。

ただ、母がいて、母が行ってきてほしいと願うことに対しては、よっぽどのことでなければ、してあげればいいかなと思います。

私は、誰のお墓参りに行きたいか

問題は、母がいなくなった時、母の実家や母の兄弟のところへ、私がお墓参りに行くか?という部分です。

要は、私が行きたかったら行けばいいし、行かないでおこうと思えば行かなくていいと思うのです。

自分の家の先祖の墓を守るだけで精一杯です。

母がお参りするところと私がお参りするところは、違ってもいいですよね。

私は、私がお世話になった人や大切な親友のお墓をお参りします。

娘夫婦には、将来的に我が家のご先祖様のお墓をお願いすることになっています。

そして、娘との約束で、以前飼っていたポメラニアンのくりこのお墓も毎年、命日に一緒にお参りに行くことにしています。

さいごに

母にとっては、お墓参りは行かなければならないところだけど、私は、自分がまた会いたいなぁと思う人のところへ行くつもりです。

上野千鶴子さんも『しがらみを捨ててこれからを楽しむ 人生のやめどき』の中で、北陸は葬儀の際、どこの家からいくら香典をもらったかを気にしていて、何十年経っていても、かつての香典帳を開いて確認して、もらった金額と同額をお返ししているのが古臭くて嫌だということを書いていました。

キリコに名前を書いて、お墓の前に吊るすという風習にしても、私はみんなそうしているのかと勘違いしていたら、そんなことしている地域は他にはなさそうですね。

正直言って、キリコがなくてもいいかな・・と思ってしまいます。

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この記事を書いた人

さわこ

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!