「お世話になった人が亡くなったから、代わりにお参りに行ってきて」と言われて思ってしまうこと

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朝起きてスマホを見たら、母からの着信があり、何事か?とかけなおしました。

新聞のお悔やみ欄を見たら、お世話になった人が亡くなっているのでお通夜かお葬式にお参りに行ってほしいと言うのです。

祖母の時も父の時も香典をもらっているはずだから、と。

私は、知らない人のお通夜やお葬式は極力行きたくない派です。

なんとなく、気持ちが重くなって帰ってくるから。

そして、自分の想いがないのに、お経が上がっている間、その場でじっと座っていることも苦痛。

親族の波動を受け取るのも辛い。

それで、今までは母の代理でいくことを断ってきました。

母に自分で行ってほしいと言い、車で乗せて行ったり。

それで、今回も母に「自分で行かないのか?」と尋ねると、「行けない」と即答。

自分は行けないけど、祖母の時も父の時もお参りにきてもらい、香典を受け取っている人が亡くなったのだから、行かなければならないと主張するのです。

それでもグズグズといい返事をしないでいたのですが、母は譲りません。

そこまで言われて、行かないのも逆に気分が悪くなるので、行ってきます。

父や母がお世話になった人が亡くなったのだから、父や母の代わりに私が行くのが当たり前なのかもしれません・・・・。

こんなふうに、以前香典をもらった家には、過去の香典帳を確認して同じ金額をお返しします

これってどうも北陸地方だけの習わしのようです。

ずっと「そうしなければならない」と信じて続けてきた母は、毎朝、必ず新聞のお悔やみ欄をチェックします。

施設で自分用に新聞が届くようにしたのは、そのためだったのです。

食堂に新聞があるのですが、どうしてもじっくり読みたいからと。

そんなわけで、いきなり今晩、お通夜に行くことになっ私は、モヤモヤしている自分がちっちゃいヤツのように思えてくるのも良くない傾向です。

とりあえず、もらったものは返さなければならないという義理とも言える礼儀のためにと割り切って今晩お通夜に行ってきます。

もちろん、行くと決めたら、ちゃんと心をこめてお参りしてきますよ。

このへん、真面目に考えすぎるから行きたくないなんて思っちゃうのかもしれませんね。

母は、そこまでの「思い」がないのかもしれないけど、一応「母の思いの代理」として。

昨日、姪の体操教室へ行く時の母の後ろ姿。杖もつかず、サッサと歩いているから、自分でお参りに行くことができないことはないはずなんだけどね。

自分はもう施設に入っているし、代わりの者が行けばそれでいいって感じかな?

私は自分が89歳になった時、娘に「代わりに行ってこい」って言わないように気をつけよう。

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この記事を書いた人

さわこ

スタジオSeriオーナーの目標は、「健康」と「ゆるいミニマリスト」

みんなが、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいなと思って、いつもスタジオにお花を飾り、お掃除してます。「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得しました。いらないモノをすべて断捨離して、スッキリ暮らしたいです。ずっと頑張りすぎてきたから、これからの第2の人生は、楽しいことだけやっていきます!