2018年4月私が手放したビリーフ(思い込み)と手に入れた自由

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もうすぐ4月が終わろうとしています。

今年の金沢の冬は大雪で本当に大変でしたが、結果的に、そのおかげで自分の中のいらないものがなくなり、クリアになってきました。

今年になって、私が捨てたもの

大雪のおかげで、私が捨てることができたのは、『親孝行しなければならないビリーフ』

△母の押し花作品

今までお世話になったから、最後はちゃんと面倒見てあげないといけない・・・。

親の面倒を見ないと、自分が年とったとき子どもに同じことをされる…。

結局、自分のためにやっていたのでした。

根底には、母が長生きしてくれた方が、不動産収入が分散され、税金的に助かるというしたたかな計算が私の中にあるのを認めざるを得ません。

まず、「面倒を見てあげる」と表現している時点で、無理がありました。

手放した後に手に入れたもの

『年老いた親に親孝行しておきたい』それはそれで、思っているけど、もっと純粋な気持ちでできたらいいなと思う。

「~しなければならない」というビリーフ(思い込み)を手放した後、私は『やっぱり自由が好きだぁ』という気持ちが、ふつふつと湧いてきた。

自由になりたい、好きなことして過ごしたい、好きなところへ行って、好きな人たちと一緒に、きれいな景色を見て、美味しいもの食べて、楽しい時間を過ごしたあと、家へ帰って家族とのんびり笑いながら、身体を休めたい。

それが、私にとって、一番の幸せなんだぁと思う。

そう気づかせてくれたのは、やっぱり、母との同居の期間があったからだと、ようやく気づくことができました。

初めて、母に感謝の気持ちが生まれてきた。

今まで、母は、私にとっては「(いつも父に叱られて)かわいそうな人」でした。

「(いつも愚痴をこぼしていたので)守ってあげないといけない人」と思い込んでいました。

正直、今でも母が自分のことより私のことを思ってくれているとは感じにくいのですが、これも「母親は自分より子どものことが大事と思うもの」という私の思い込みかもしれません。

でも、今の私があるのは、やっぱり母のおかげだし、ありがたいと思います。

母も(仕事に明け暮れていた時の私がそうだったように)子どものことを一番に考える心の余裕がなかったのだと思います。

でも、私は、超難産でありながら、母を助けるために生まれてきたんだと思うので、最後まで母を支えていこうと思います。

実は、私は、4050gもある巨大児で逆子。さらにへその緒を首に2重に巻いていたそうです。どれだけ産まれるのに抵抗していたんだ~と笑えます。

さいごに

今年は、最後の50代です。

随分、長く生きてきたんだなぁと感心します。

途中、いろんな意味で危ないことも何度もあったのに、今、元気でいるということは、これからあとの人生は、日々、ありがたいと思って何でも楽しんでやりなさいってことかもしれません。

 

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投稿者プロフィール

さわこ
さわこ

スタジオSeriオーナー

自分や家族の健康のために、スタジオを作りました。
周りの人たちがみんな、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいな。




目標は「ゆるいミニマリスト」

「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得。不要のモノを断捨離して、スッキリ暮らしたい。




真面目でおとなしい性格

自分でずっとそう信じてきましたが、周りの人が違うと言います。不思議です。いくつものビリーフ(思い込み)をリセットできたら、だんだん人生が楽しくなってきました。




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