私はどうしていつも「自分がやります」と言ってしまうのだろうか?

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2月18日に、所属しているフラダンス教室Puamelia lana i ka wai olu(プアメリア ラナ イ カ ヴァイ オル)の4周年パーティーがありました。

いつもなら終わってすぐブログで報告するのに、今回はいろいろ考えることがあって、こんなに遅くなりました。

パーティーで司会を担当しました。

今年も「司会」を担当しました。

こんな感じでやってたのかぁと顎が上がってるのが気になります(^^;)

昨年、誰も担当してくれる人がいなくて、急遽、事務局の私が担当することになり、ハラハラドキドキしていたころの記事はこちら。

無我夢中でした。

すごくテンション上げて、精一杯盛り上げようとしていたのを思い出します。

はっきり言っていっぱいいっぱいでした。

ただ、そんな風には見えなかったみたいで、みんなから「バッチリやった!司会に向いている!」とまで言われ、戸惑いました。

自分から司会をしますと言ってしまった。

そして、今年も、昨年と同じように他にする人がいないような状況だったので、自分から「今年も私が司会をやらせていただきます」と言ってしまいました。

ここが問題のところです。

確かに『自分から』「やります」と言いました。

そして、そのあとずっと「なんで私って頼まれもしないこと自分からやってしまうんだろう?」って悩んでいました。

昨年もやったので、誰も「やらなくてもいいよ」と言ってくれません。

だって、私が「やります」と言ったのだから。

なぜ言ってしまったのだろう?

何となく「やります」って言ってしまうこと、ありませんか?

その場の雰囲気でつい(自分がやればいい・・・)と思って「私がやります」って言ってしまうこと

私は、よくあります。

過去のことで言えば、職場で組合の役員を決めていたとき、あの時も確かに「私がやります」と言ってしまいました。

でも、その時は他の人はみんな各家庭の、あるいは自分の病気の事情を口に出し、聞いているのが辛かったのです。

私は、(その時点では)その中の誰よりも「できない理由」を見つけることができませんでした。

そして、何回目かの会合でついに「私がやります」と言ってしまったのです。

みんなから感謝されました。私もホッとしました。

ただ、それから数週間後に父が倒れ、最終的に私は退職することになるのですが、翌年の組合役員の任務を終えてから退職しました。

その1年間は、本当につらかったです。

泣くつもりがないのに涙が目から流れ出ていたことを思い出します。

なぜ「やります」と言ってしまうのか?

私は、どうも、すぐ「自分がやらないといけない」と思い込む傾向があるようです。

やりたい、やりたくないにかかわらずです。

多分、やれるから、やろうと思うのだと思います。

「努力したらできる」

そう思ってしまうのです。

努力したら、できる。

実際、仕事をしながら、父の病院へ通いながら、夜、週2回組合の会合に行くのは辛かったです。

そんなときも毎日、夜、犬の散歩していました。

今から思えば、あの時、愛犬くりこがいてくれたから私は乗り越えられたのかもしれません。

さいごに

パーティーが終わってから、「私もみんなみたいに自分のクラスの踊りに専念したい」と先生に言いました。

来年は誰かが司会をしてくれるかもしれないし、私がもっと上手に他の人と分担してできるようになっているかもしれません。

少なくとも最初に、「私がやります」と言うのだけはやめておこうと思います(>_<)

 

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投稿者プロフィール

さわこ
さわこ

スタジオSeriオーナー

自分や家族の健康のために、スタジオを作りました。
周りの人たちがみんな、心と身体をリフレッシュして、笑顔で元気になったらいいな。




目標は「ゆるいミニマリスト」

「汚部屋脱出」のために、整理収納アドバイザー1級、生前整理アドバイザー1級、清掃マイスター1級を取得。不要のモノを断捨離して、スッキリ暮らしたい。




真面目でおとなしい性格

自分でずっとそう信じてきましたが、周りの人が違うと言います。不思議です。いくつものビリーフ(思い込み)をリセットできたら、だんだん人生が楽しくなってきました。




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