母と、あと10年くらい一緒に暮らすと思う。

昨夜、母は古くからの知り合いである近所の人のお通夜に行って来ました。

86歳なのに、自分で友人のお通夜に行くこと自体が素晴らしい。

私が儀礼的なことを嫌うので、頼れず、自分で行かなければならないと思うように成長したようです(笑)

もちろん、会場まで送迎しました。

今朝の母は、弱気なアピール

今朝、「また、具合悪くなった。寒いから、休んでいる。」と言って朝食後、布団に入っています。

そして、「毎年、かぶら寿司をお歳暮として配っていたけど、もう今年限りにする。」と言い出しました。

「来年は、どうなっているか、わからないから。」とのこと。

『そんなん、当たり前や〰(^o^;)』

80歳過ぎるくらいになったら、誰も来年のことわからん(>_<)

ということが、ようやく、わかってきた母のようです(笑)

なにしろ、孫たちに『東京オリンピック見に行っておいで!ばあちゃんは、留守番しとるから!』と言ってのけた母ですから。

そのとき、もちろんみんなで大笑いしました。

年寄りは、寒さに弱い?

寒くなり、天気が悪いと、畑へいくたのしみがなくなるので、つまらないのです。

それから、前日のお通夜で、自分と同じような年代の人が亡くなると、自分もと思うのです。

そんなことは、普通にあることですが、母の場合、単純明快に見たことをそのまま自分が考えたことのようにして認識するところが、おかしいのだと最近わかってきました。

口に出しているほど、本人は自覚していないのです。

私は、相手に言うとき、少なくとも頭で考えてから話すことが多いです。

『飛ぶ族』の母が、飛ばなくなってきた?

ただ、私も心屋仁之助さん言うところの『飛ぶ族』であるようで、もっと強烈な『飛ぶ族』である母や姉といると、自分が飛ばないように振る舞うしかなかったようです。

『飛ぶ族』は、感覚で生きるタイプ、『飛ばない族』は、論理的に段取りを考えてから行動するタイプって感じかな。

なにしろ、二人ともあまり考えずに、言動し、人に頼るのに抵抗を持たないのです。

それで、実は『飛ぶ族』であった私が無理して飛ばないように努力してきたから、辛かったんですねぇ。

最近になって、私が『飛ぶ族』である本来の姿を発揮し始めると、母が飛ばないようになってきました。

多分、最後の10年くらいを、そうやって逆転した立場で、私は、元気に、そして、母は娘のことを大事に思って過ごすのだと思います。

さいごに

人生って、ちゃんとやり残したことをやり終えたら終わるんじゃないかな。

よくわからないけど、なんとなく、母は、今から10年くらい、この家で、私と一緒に暮らすような気がします。

 

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頑張り過ぎてきたので、もっと「いい加減」に楽しく過ごしたい。 断捨離と掃除でゆるミニマムを目指します。